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徐州市人民対外友好協会
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中国歴史文化名城――徐州市 項羽と劉邦の里 |
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雲龍山
徐州の南部にある秀麗な雲龍山。古本に「山には雲気あり、蜿蜒と龍の如く」と記されており山の名は、これに由来しているという。
山中には千年以上の歴史を誇る名勝古跡が点在している。北山門の道端に位置する巨大な石には、明万暦十四年、徐州兵備右参政の莫与斉が揮毫した「雲龍山」の三文字が刻まれている。
雲龍山の持つ歴史は少なくとも1700年前の北魏時代にまで溯れる。隋、唐時代を経て宋時代になると有名な詩人でもある徐州の知府、蘇東坡が隠士、張天驥との友情を書いた「放鶴亭記」によって、雲龍山は広く知られるところとなった。 以来、多くの文人墨客が訪れ、沢山の詩文を残してきた。たとえば、明時代の詩人嚴爾梅が雲龍山を讃えた詩がある。「群山群水 此の山を守る、無数の断碑 中間に立つ、平由生え樹紫の春は 秀が如く、残雪峰青、夕は更に斑になり」と。 さらに1952年10月29日、毛沢東主席が徐州全体の景色を一望のもとに見下ろし「禿山を緑化し、貧乏な山を豊かな山にしよう。」という重要な指示を出したことは記憶に新しい。 東の麓には、歴史の重みを感じとられる北魏時代の興化寺があり11メートルあまりの阿弥陀如来像が安置されている。西の山道を登っていくと「東坡石床」が見えてくる。昔、蘇東坡が酒を飲みながら休憩した石床だと言い伝えられる。「書院夕照」、「白鹿洞」、「試衣亭」などを通って、頂上に辿り着いたら、「放鶴亭」、「招鶴亭」、「飲鶴泉」などの古跡が目に飛び込んでくる。宋時代に張天驥が隠士としてここで鶴を飼ったりして閑居生活を送ったという。 頂上からの展望も素晴らしい。とくに西側の眼下に広がる鏡のように澄んでいる雲龍湖の美しさは見のがせない。
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