|
徐州市国際交流中心
|
||
|
中国歴史文化名城――徐州市 項羽と劉邦の里 |
||
| 経 済 2000年、徐州市政府は全市人民を率いて、中央政府による内需拡大、経済調整、改革強化、開放拡大など一連の方針·政策を真剣に貫徹し、さまざまな困難を克服し、力を集中して経済建設をしっかり進め、市民の生活水準を引き続き向上させ、経済と社会を発展させる面で新たな成果をあげ、所期の全年度諸目標を実現した。 全市の経済は早くて安定な成長を保った。初歩的な統計によると、市総生産(GDP)は前年比11.0%増の658.18億元に達し、そのうち第一次産業の増加値は5.2%増の119.0億元、第二次産業の増価値は11.8%増の303.59億元、第三次産業の増価値は11.2%増の235.59億元であ、内需拡大の面で経済効果を収めた。引き続き投資拡大を頑張り続け、一方では消費を刺激しながら、一方では輸出を拡大した。固定資産への投資は急増され、市価も落下に終止符が打たれ、安定的に回復されるようになった。財政収支の状況は良好で、金融の動きも基本的に穏やかであった。 また、構造調整も新しい進展をあげた。良質で高効率な農業を発展させることは基本的な成果を見せ、特色のある農産品と多角経営との開発はテンポが速められ、工業機関を簡素化させるなど改革の面では全体として職員の素質が改善され、支柱産業と重点企業はもっとそれなりの役割が果たされてきた。第三次産業、特に電信、不動産、観光、サービスなどの業種は速く成長し、市総生産(GDP)に対する第一次、第二次、第三次産業の増価値比例はそれぞれ前年の18.9:46.4:34.7より18.1:46.1:35.8に調整された。戦略的な国有経済調整はテンポを速め、一年を通じて国有資本は普遍性の競争的な業種から25%脱退し、私営の個人経済は経済増加を推し進める有力な新興勢力になりつつある。年末の統計によると、商工業個人経営者の戸数は既に24万に達し、そのうち、私営企業は前年比36.7%増の1万戸に達した。 改革開放はしっかり推し進められ、企業改革も新しく突破したところがあった。全市国有大中型企業の80%は近代的企業制度への転換を実現し、県(市)、区所属以上の企業は体制転換率が89%に達し、鄉、鎮、村に属した企業の殆どは体制の改革を完成させたと同時に、それに関連する付帯性改革も推し進められ、都市部の従業員に基本的な医療保険を実施させるようになった。開放型経済は引き続き発展し、対外経済貿易は伸びる勢いを保っていた。 労働·雇用活動はいっそう強化された。年末の全市就職者数は前年末比0.2%増の419.43万人であり、そのうち都市部の在職者数は2.45万人減の72.62万人であるが、私営と個人経営の従業員数は6.71万人増の68.81万人であった。再就職プロジェクトは新たな進展をとげた。さまざまなルートを通じて2.02万人の一時帰休者と1.41万人の失業者を再就職させた。年末の都市部で登録された失業率は1.9%であった。 最後に強調することが必要である。第九次五カ年計画期間中、徐州市は複雑で不安定な国内外経済環境による不利な影響を克服し、国民経済を速やかに発展させ続けた。経済実力はいっそう強化され、都市のインフラ建設の面で大きな成果を収め、それぞれの社会事業は全面的に促進され、人民の生活は明らかに改善されたことを見せ、主なマクロの調整目標は基本的に実現されるようになった。一年を平均して国内総生産は一二·二%の増となり、一九九九年の年間国内総生産は一九八○年比の六倍増になった。財政収入は一年あたり一三·五%伸び、全社会国定資産投資と実際利用された外国投資はそれぞれ第八次五カ年計画期間の三·一倍と五倍になった。都市部の一人あたり可処分所得と年間の農民の一人当たり純収入はそれぞれ八·八%と一二·四%増え、全体として全市は既に県を単位とした裕福な生活レベルに達する目標を実現した。 国民経済と社会発展に存在する主な問題は、経済回復のベースがまだしっかりしていない、社会の有効需要が足りない、経済構造不合理の矛盾が依然として際立っている、産業の素質向上及び格上げのテンポが速くない、県区内の経済の発展がアンバランスしている、国有と集団との企業には活力が足りない、社会就職の圧力が増大している、農民の収入増が鈍化しているなどである。 |